家作りでは欠かせない「尺貫法」について





初めての家作りや家探しの時、「尺」とか「坪」という言葉に戸惑う人が少なくないようです。建築業界にかかわる人間にはお馴染みの用語ですが、普段メートル法で生活している人にとっては、未知の言葉だといっても過言ではないと思われます。


尺というのは「尺貫法」における長さの単位で、実は60年ほど前までは、メートルと併用されていたのです。


今はメートル法に統一されていますが、建築にかんしてはまだまだ「尺貫法」が使われています。今回はこの尺貫法について調べてみました。



1尺は何cm? 1坪は何㎡?



家作りや物件探しの際、「この土地は〇坪です」「建物の長さは〇間」など、「尺貫法」で説明されることは多く、メートル法で暮らしている人は、「大きさや長さをイメージするのが難しい」といいます。「尺貫法」とは日本古来の計量法で、長さ=尺、質量=貫、面積=坪(歩とも)、体積=升が基本単位。建築業界では尺と坪、間が用いられ、物件広告などにも「天井までの高さ〇尺」「敷地の広さ〇坪」「建物の一辺〇間」といった表記が用いられています。


では、尺とはメートル法だと、どのくらいの長さなのでしょうか? これはよく知られている30.3cmです。建築関係に使われる尺貫法をメートルに直した数字を見てみてみましょう。


1寸:3.03cm
1尺:30.3cm(3.03cm×10)
間:6尺(1尺×6=181.8cm)
坪:1間×1間(6尺×6尺=3.305124㎡)


ここで忘れてはならないのが畳です。畳の寸法はどのくらいかというと、基本は長手が6尺(1間)、短手方向は3尺(半間)で1畳(910mm×1820mm、1.6562 ㎡。半畳は910mm×910mm。尺がメーター法では割り切れないため、値は近似値となる)。縦横比は2:1になっています。ただし、部屋の寸法に合わせて注文生産するのが一般的なのでサイズは一定していません。 また、地域によっても異なり、主なサイズは次の通りです。


・京間(本間間):京都をはじめ関西方面に分布。6 尺3 寸×3 尺1 寸5 (191cm×95.5cm)
・六一間(安芸間):岡山、広島、山口などの山陰地方。
6 尺1 寸×3 尺5 分(185cm×92.5cm)
・中京間(三六間):岐阜、名古屋をはじめ中京地方。また、岩手、山形、福島、北陸の一部、沖縄、奄美大島など。6 尺×3 尺(182cm×91cm)
・江戸間(五八間、関東間、田舎間):東京をはじめ関東地方と全国各地。5 尺8 寸×2 尺9 寸(176cm×88cm)
・団地間(五六間):アパートやマンションといった集合住宅。5 尺6 寸×2 尺8 寸(170cm×85cm)



長手と短手の長さは異なりますが、よく見るとどのサイズも縦横比は2:1。この畳を、6枚敷けば6畳、4枚と半分(半畳)なら4畳半となり、その部屋の大きさ数がわかります。


なお、畳のほかに、天井や壁、床の下地材(ベニヤ板など)、障子といった建材も910mm×1820mmの寸法を基準に作られています。



尺貫法のルーツは古代中国?



現在長さの単位は「メートル(m)」、質量はキログラム(kg)、時間は秒(m)に統一されていますが、かつては様ざまな単位が作られ、使われてきました。「尺」という単位、いわゆる「尺貫法(長さの基準を尺とし、質量の基準を貫とする度量衡システム)」は、古代中国の王朝・殷(商ともいう。?~紀元前1122年または1027年)時代の遺跡からものさしが出土していることから、この頃には確立していたと考えられています。当時の1尺は17.3cmで、これは女性が手を広げたときの親指の先から中指の先まで、または中指から手首までの長さを基準にしているそうです。尺はアジアで幅広く使われましたが、1尺の長さは時代や地域によって異なっていました。


中国、朝鮮半島を経て、日本にも「単位」が伝わります。世界最古の木造建築物として知られる世界遺産の「法隆寺」が607年頃の完成ですから、この頃には尺が使われていたと考えられます。ちなみに法隆寺を建立したのは、推古天皇の摂政で、「遣隋使の派遣」「冠位十二階、十七条憲法の制定」「仏教の興隆」などに尽力した「厩戸皇子(聖徳太子)」です。彼は今も建築現場で今も使われている大工道具「曲尺」の単位を1尺(30.3cm)に統一、また長さを測ったり、勾配を出すなど、計算尺のようにも利用できる「差し金(指矩とも表記する)」を考案したため、「大工の神様」とも呼ばれています。


その後、『大宝令(701年(大宝1)に制定・施行された法律。刑部親王・藤原不比等らが編纂)』によって、唐から伝わった「小尺(約29.6cm)」、土地の測量に用いる「大尺(小尺の1.2倍。高麗尺とも呼ばれる)」が単位として定められます。ただ、時代が下るにつれ長さの基準や単位は変わっていったようです。


これを統一したのは、天下人・豊臣秀吉でした。秀吉は、租税賦課の基礎条件を明確にすることを目的に、天正 10年 (1582年)から慶長3年 (1598年)年にかけ、全国的な「太閤検地」を行います。この時、従来貫高で示されていた田畑を石高(生産高)で示すように改めたことから「天正の石直し」ともいわれています。秀吉は「太閤検地尺(ものさし)」を用いて、地方によって違っていた長さの基準を1寸は3.03cm、1尺が30.3cmに統一したのです。


文明開化と共に統一された尺貫法



豊臣家の滅亡後、徳川幕府は度量衡統一に乗り出します。江戸と京には、それぞれ枡座と秤座が置かれますが、長さに対して基準を定めることはありませんでした。そのため、曲尺、鯨尺(呉服店で使われた)、呉服尺など、職種や地域で異なる尺が使われていたそうです。尺貫法が完全に統一されたのは、明治26年(1893年)のこと。「度量衡法」施行により、1尺が30.3cmと決められました。ただし、メートル条約(メートル法の統一と普及を目的に、1875年、パリで締結された条約)にも加盟していたため、は昭和33年(1958年)の「計量法成立」のまでは、メートルと尺が併用されることになったのです。


建築業界では、未だに尺が用いられている反面、1000mm(1m)を基本単位とする設計基準「メートルモジュール」も採用されています。対する「尺モジュール」は910mmを基本単位としており、家を建てたい人は選択することも可能です。建築会社、工務店によって取り扱いが異なるので、気になる場合は問い合わせてみるといいでしょう。









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